お笑いを評論すること、語ること

この件について語ったりされている方々の多くは、業界に片足突っ込んでたり、物書きだったり、深く深くお笑いを愛している皆さんなので、かなりレベルの高い話になっているのですが、僕のようなライトなお笑いファンとしては、単純に「何で面白くないものを面白くないって言っちゃいけないの?」と思います。
結局、その言葉がいまや簡単に「届いちゃう」ということも問題あるのでしょうね。これまでなら居酒屋や教室とかで語られていた「つまんねー」「オモシロクナーイ」という老若男女の言葉が、今やネットに乗って簡単に本人に届いてしまう事で、玉石混合の言葉が一挙に聞こえてしまうから、彼らに必要以上のストレスが溜まってしまうのかなあと。僕も時々反省することもあるのですが、お笑いに限らずこういうブログという媒体で何かを書くときは、どうしても「批評風」「論評風」になってしまうものですから。ただ、僕らのような単なるお笑いファンが「面白くない」という言葉を奪われると、もう後は「笑わない」という選択肢しか残されないのです。これはちょっと、芸人さん達にとって致命傷だと思うのですけどどうでしょうか?少なくとも「面白くない」と声に出して訴えている者は、笑いたいからそう言っているのです。笑わせてくれるはずという期待があるのですよ。だから、その言動を否定されるということは、もう笑いを求めない、その場から立ち去る*1しかないのです。
僕は、電器製品等を販売、設置、メンテしている人間ですが、2つ3つモノを売れば、たいてい何らかのクレームがあります。致命的な欠落もあれば、「ナンセンスコール」と呼ばれる、ちょっと頭をひねればすぐ分かるようなつまらないものまで色々です。若い頃教えられたのは「クレームは質問と思え」ということ。「テレビ映らねーぞ!」は「なぜこのテレビは映らないの?」とか。
芸人さん達に突きつけられた「面白くない」という言葉は、我々からの「なぜ面白くないのか?」という質問なのです。「(あなたは本当はもっと面白いはずなのに)なぜ面白くないの?」という質問です。我々の業界ではクレームを無視するという行為は、メーカーや販売業の死にもつながる行為です。だからクレームにはでき得る限り対応する。中には訳の分からないものもあるからキレたりもする(笑)。でも、それが将来の発展につながっていくのです。お笑いという仕事も同じなんじゃないの?と。個人ではとても対応できないほどの言葉を彼らは一人で受け止めているだろうから、精神的にも大変だとは思うけど、その山ほどのクレームの中から本当に有益なものを選んで欲しい。やっぱり今よりもっと面白いものが見たいから。今よりもっと腹を抱えて、お腹の筋肉がちぎれそうなくらい笑いたいから、僕達は彼らに問い続けなければいけないんじゃないかなと思ったりもします・・・・あ、またちょっと偉そうになった、ごめんなさい、ごめんなさい(笑)。

*1:要するにテレビで見ても笑わない、見ないということ