「あたし彼女」を読んでみた

最近巷で話題のケータイ小説を読んでみた。id:takerunbaさんやid:dropdbさんのエントリーを見てちょっと興味が湧いてきたので。

確かに慣れるまではきついけど、この文章の持つ独特のリズムは、一度はまるとなかなか抜け出せない。一気に読めてしまえる。
携帯メールの文体って、個人個人によって個性があって、その文体を読めば知人の中の誰が書いたものかすぐ分かるくらいそれぞれ違いがあるんだけど、確かに10代後半から20代前半の女の子に、一つのセンテンスごとに改行して一段落あける文体のメールを書いてくる子は多い。同年代同士のメールのやり取りだと、もっと短い言葉のやり取りがあるんだろうから、そういう子たちには何の抵抗もなく、こういう文体は受け入れられるんだろうけど。
文体の斬新さに比べて、ストーリーそのものはありがちな内容。でもだからこそ普遍的。必要以上に悲劇的ではないから、かなり広い世代の人々が感情移入できる。いや、よくできた「小説」だと思います。文学かと言われると何とも言えないけど、別に文学である必要はないし。
とにかく肝は、このケータイ小説というフォーマットを利用した独特のリズムの文体。この作品がなければその内、村上龍がこういう文体の作品を出してたと思う。かつて「限りなく透明に近いブルー」で頭のおかしい人やクスリでいっちゃってる人達の、「トパーズ」で風俗業に従事する女性たちの心情を独特の文体で表現していたから*1、こういうところに目をつける可能性は充分あったはず。
「彼氏の独白は余計」という意見を多く見たけど、あれはあれで必要なんじゃないかと個人的には思います。まったく同じ状況を、違う視点でトレースすることで、その状況にまったく違う印象与えることもあるから。僕はあの部分も引き込まれました。特に彼女の一人称の時には、彼の感情の起伏がそれほど伝わってこなかったから。

意外と面白かった。他のケータイ小説もこれくらいのクオリティなの?だとしたら侮れないですよ。

*1:「トパーズ」の、あの句読点が一切ない文体は、風俗嬢から来るファンレターがヒントになってるらしい。